セカンドアフター情報まとめ

最新情報

●  2025年1月から「セカンドアフター読書会」と題した読書会をDiscordにて月1回のペースで開催中。
●  2023年11/11(土)開催の文学フリマ東京37に出店。
● 『セカンドアフター vol.1』、BOOTHにて販売開始。
●  2022年11/20(日)開催の文学フリマ東京35に出店。
● 『セカンドアフター vol.4』、BOOTHにて販売開始。
● 『セカンドアフター vol.4』発刊。→ 5/29(日)の文学フリマ東京にて頒布。

既刊情報


セカンドアフター vol.4(2022年5月29日発行、A5版、260ページ)
内容詳細→
入手方法→ 在庫なし

サブカルチャーとしてのイスラム国(先行版)
(2016年12月3日発行、PDF、A4版、25ページ)
内容詳細→
入手方法→ネット上で無料公開。こちらから閲覧&ダウンロードしてください。


セカンドアフター臨時増刊号 日常系アニメのソフト・コア
(2014年11月29日発行、PDF、A4版、66ページ)
内容詳細→
入手方法→ネット上で無料公開。こちらから閲覧&ダウンロードしてください。


セカンドアフター vol.3(2013年11月3日発行、A5版、170ページ)
内容詳細→
入手方法→


セカンドアフターEX2012(2012年11月18日発行、A5版、118ページ)
内容詳細→
入手方法→


セカンドアフター vol.2(2012年5月6日発行、A5版、152ページ)
内容詳細→
入手方法→在庫なし


セカンドアフター vol.1(2011年11月3日発行、A5版、114ページ)
内容詳細→
入手方法→在庫なし

読書会

第13回:上遠野浩平『ブギーポップは笑わない』(2026年3月28日)
第12回:柳瀬博一『アンパンマンと日本人』(2026年2月28日)
第11回:山本七平『一下級将校の見た帝国陸軍』(2026年1月17日)
第10回:鶴巻和哉『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(2025年11月15日)
第9回:RHYMESTER『リスペクト』(2025年10月11日)
第8回:手塚治虫『火の鳥 未来編』(2025年8月23日)
第7回:本多猪四郎『キングコング対ゴジラ』(2025年7月19日)
第6回:水村美苗『日本語が亡びるとき』(2025年6月21日)
第5回:富野由悠季『機動戦士ガンダム』(2025年5月17日)
第4回:上野千鶴子『ナショナリズムとジェンダー』(2025年4月12日)
第3回:司馬遼太郎『坂の上の雲』(2025年3月16日)
第2回:丸山眞男『日本の思想』(2025年2月1日)
第1回:江藤淳『アメリカと私』(2025年1月4日)

イベント

日常系アニメのソフト・コア(2014年3月9日 (日) 開催)
概要→ 当日の状況→

公式UST

第8回:ネット時代の政治とアニメ――『ガッチャマン クラウズ インサイト』を中心に(2015年11月22日放送)
内容詳細→

第7回:ポスト日常系について(2014年12月6日放送)
内容詳細→

第6回:『世界征服〜謀略のズヴィズダー〜』について(2014年4月27日放送)
内容詳細→

第5回:ここ最近のショートアニメについて――『あいまいみー』と『戦勇。』を中心に(2013年3月24日放送)
内容詳細→

第4回:『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』を中心に2012年を振り返る(2012年12月22日放送)
内容詳細→

第3回:震災以後の状況における移動の観念(2012年8月11日放送)
内容詳細→

第2回:『這いよれ!ニャル子さん』について(2012年7月15日放送)
内容詳細→

第1回:『映画けいおん!』と『たまゆら』について(2011年12月23日放送)
内容詳細→

連絡先

セカンドアフター代表:志津史比古(志津A)
メール:ashizu10☆gmail.com
twitter:http://twitter.com/ashizu

2013年のサブカルチャーの風景——巻頭言に代えて

(以下は、2013年に発行した『セカンドアフター vol.3』の巻頭言に大幅に手を加えた上で、転載した文章です)

 

『セカンドアフター vol.3』の表紙

 

 『セカンドアフター』の表紙写真は、いわゆる「聖地巡礼」と関係がある。第1号は鎌倉の由比ヶ浜、第2号は浜松の佐鳴湖、『EX2012』は東京スカイツリー。それぞれの場所は、『侵略!イカ娘』、『苺ましまろ』、『雲のむこう、約束の場所』と関係がある(スカイツリーの写真は『雲のむこう』の「塔」を示唆しているだけであって、厳密な意味での聖地巡礼ではないが)。

 今号(第3号)の表紙は神奈川県横須賀市に保存・設置されている戦艦・三笠である。これは二つの作品と関連する。ひとつは今年(2013年)アニメ化された『進撃の巨人』、もうひとつは同じく今年リリースされたブラウザゲーム艦隊これくしょん』である。

 三笠に置いてある記帳ノートをめくってみると、この二作品と関連したイラストや走り書きが目につく。『進撃の巨人』にはミカサ・アッカーマンという戦闘美少女(ヒロイン)が登場するのだが、この「ミカサ」の由来はこの戦艦なのだという。『艦隊これくしょん』は、太平洋戦争をモチーフにしたビデオゲームなので、日露戦争で活躍した三笠と直接の関わりはないが、気軽に訪れることのできる艦船という点で、このゲームと結びついた観光スポットになっている(1)。

 

 横須賀はかつて軍港都市だった。現在はおそらく、米軍基地のある街として知られているだろう。実際、三笠のある公園からは米軍基地が臨める。そして、米軍基地の近くには、海上自衛隊の基地もある。

 当然のことながら、われわれは、こうした「風景」を目にすることなく、サブカルチャー作品を楽しむことができる。だが、具体的な「場所」に足を踏み入れるということは、こうした「風景」から「歴史」を想起させられる、ということである。自分がどのような時代と場所に生きているのか。それを自覚するように強いられるのだ。

 米軍、自衛隊、記念艦・三笠。ここにはいくつかの間(あいだ)がある。在日米軍自衛隊の間、日露戦争と戦後日本の間、政治とサブカルチャーの間。歴史的文脈の中でサブカルチャーを考えるというのは、こうした「間」に「私」を位置づけることに他ならない。

 記念艦・三笠はテーマパーク的な施設だ。単に日露戦争という歴史的な一事項を記し留めておくための博物館という以上に、西洋列強に勝利したアジアの国・日本というその威信を擬似的に体験する場所になっている。その意味で、この記念艦の存在は、米軍と自衛隊との間に引き裂かれた戦後的な状況(敗戦の傷跡)の必然的な副産物であるように思えるのだ(2)。

 ある種のサブカルチャー作品が、そうした威信の擬似的な回復の効果を持っているのは間違いないだろう。『進撃の巨人』や『艦これ』にも、そうした側面を認めることはできる。だがここで、「戦後」という名の下に注目したいのは、そこではない。これらの作品には暗いところがある。払拭し切れないまま、残り続けているものがある。

 

(※2024年時点の注:

元の文章では、このあと、『進撃の巨人』と『艦これ』についての具体的な分析があったが、改めて読み返してみると、論理展開に疑問を覚えるところがいくつかあったので、思い切って削除することにした。削除した箇所で僕が言いたかったのは、敗戦の傷跡やアメリカの傘の下にあり続ける日本といった戦後の問題が未だに解消されておらず、その解消し切れなさがこれら二作品のうちにも歪んだ仕方で反映されている、ということである。)

 

 今号のテーマは「アメリカ」である。より正確に言えば、アメリカによって体現された「外」との関わりから見た現在の日本がテーマである。

 これまで「アメリカ」が持ちえていた象徴性が現在でも同じように機能しているのだろうか。冷戦が終結し、グローバリゼーションの時代になり、インターネットが普及した現在にあっては、「国」という枠組みよりも、グローバルな言語である英語とローカルな言語である日本語という区分で事態を捉えたほうが、実態に即しているかもしれない。

 だが、それでも「国」という水準にこだわりたいのは、日本の歴史的文脈を強調したいと思ったからだ。日本はこれまで、常に何らかの外の文化との関わりで、自国の文化を発展させていったところがある。この点で、戦後の日本が培ってきた消費文化としてのサブカルチャーについて考える場合、アメリカとの関係性を見過ごすことはできない。

 21世紀を迎え、すでに戦後から60年以上が経過した現在の地点にあっては、そのような外部の準拠枠が見えづらくなっているという印象を受ける。近年の日本のサブカルチャーについても、「ガラパゴス化」という言葉が示すように、日本の市場の文脈だけに根差した独自の文化が発展してきたという見方のほうが優勢のように思える。

 しかし、グローバルな情報社会になった今日においては、ことさらに「国」を意識しない形で、海外の文化が流入してきているとは考えられないだろうか。今号が問題にしようとしているのは、そのような意味で、あまり意識されなくなったアメリカとの影響関係である。

 どこか歴史性を失ったかに見える日本のサブカルチャー。しかしそれが固有の「国」の文化である限り、それ以前の時代と必ず強い繋がりを持っているはずなのだ。

 

 サブカルチャーに刻印されている敗戦の記憶は根深い。敗戦から現在までの間に、何らかの節目や切断線を見出す言説はあるだろうが、「戦後」以上のものは存在しないだろう。

 消費社会のサイクルは、そこに埋没している人間から、歴史感覚を奪っていく。それでも人は歳を取っていく。ならば、身体こそがこれまで失ってきたものを思い出させてくれるだろう。

 何か失われたものがあり、その失われたという記憶自体もまた失われる。この二度目の喪失からでも、再出発は可能なのか。「まだ遅くはない」。そう言えるとすれば、そこに希望はあるだろう。

 

 

 

(1)『艦隊これくしょん』のサーバには「○○鎮守府」というふうに軍港の地名が割り当てられているのだが、その最初のサーバは「横須賀鎮守府」と呼ばれている。この点からもこのゲーム作品の「聖地」のひとつとして横須賀の街があるように思う。ちなみに横須賀鎮守府の建物は現在、米海軍横須賀基地司令部庁舎として用いられている。

(2)三笠が記念艦になったのは1926年(大正15年)からであるが、敗戦後、アメリカ人のための娯楽施設(ダンスホールや水族館があったという)として改装された。現在の形のように再び記念艦となったのは1961年(昭和36年)のことである。

 

『セカンドアフター vol.4』目次

ブース番号:テ‐38

第三十四回文学フリマ東京

会場:東京流通センター 第一展示場

開催日:2022年5月29日(日)

時間:12:00〜17:00

サークル名:セカンドアフター

価格:1300円

 

信販売、始めました

secondafter.booth.pm

 

 

【巻頭言】

平成の終わり、日本の「二十一世紀」

志津史比古

 

【討議】

スタジオジブリと平成のアニメ映画

noirse × 志津史比古

 

【論考】

あなたの見る映像

Murderous Ink

 

【論考】

ISILテロ動画を巡る随想と葬送

noirse

 

【音楽対談】

音楽になりえない歌――イスラム国のナシードについて

ピアノナイク × 志津史比古

 

【論考】

ニヒリズムの微光の下で――二〇二一年のいくつかのサブカルチャーについて

志津史比古

 

 

【討議】スタジオジブリと平成のアニメ映画

noirse(@noirse)× 志津史比古(@ashizu)

20世紀が「映画」の世紀だったとすれば、アニメ映画もまた、前世紀的な産物として、その限定された地位をこれから徐々に明らかにしていくだろう。その端緒が平成という時代だったとは言えないだろうか。80年代から2010年代まで、自覚的に「映画」という形式を選択してアニメを作り続けたスタジオジブリの作品を見ていくことは、実写映画の影を追い続けたアニメ映画の半生を圧縮して体験することであり、また同時にその黄昏を視野の先に見据えるということでもある。平成のアニメ映画は何を描いてきたのか。高畑勲宮崎駿を中心に、代表的なアニメ監督の作品を個別に検討しながら、その主題の変奏を論じていく。全4章構成。

 

あなたの見る映像

Murderous Ink(@MurderousInk)

「事実を元にした」という触れ込みで公開される映画は珍しくない。しかしこのとき、その「事実」は「物語化」という名の「再構築」を経ることになる。元々の「事実」のうちに宿っていたかもしれない「真実」は、往々にして、「物語」の背後でその姿を消す。この意味で映像を見るという行為は「真実」を見失う経験そのものでありえる。『スパイの妻』、『イングロリアス・バスターズ』、『白ゆき姫殺人事件』、『パトリオット・デイ』といった映画がそれぞれの仕方で施している「再構築」の手続きを検証することは、映像を見るという行為そのものの問い直しへと至る。

 

ISILテロ動画を巡る随想と葬送

noirse(@noirse)

ここ最近話題になった「倍速視聴」は、映像の視聴環境の変化という点で、イスラム国(ISIL)の処刑動画と一脈通じるところがある。人の死を撮影した映像を容易に見られるようになったネット以後の状況は、かつてスナッフフィルムが生み出していたような「伝説」を無効化する。こうした事態に「映画」はどのように対峙しているのか。それともすでに「映画」は葬送の途上にあるのか。ポスト・ヌーヴェルヴァーグの監督ジャン・ユスターシュを導き手としながら、ジハーディストの実存が今日の消費社会的な(映像)環境といかに密接に絡み合っているのかが示される。

 

【対談】音楽になりえない歌――イスラム国のナシードについて

ピアノナイク(@PIANONAIQ)× 志津史比古(@ashizu)

イスラム国の処刑ビデオに付されたBGMは「ナシード」と呼ばれる一種の讃美歌である。このジャンルの音楽性を網羅的に論じることは難しいとしても、イスラム国との関わりで、彼らがプロパガンダの手段としてそれをどのように位置づけたのかは問題にすることができるだろう。言い換えればここで提起されているのは、ジハーディストにとって「音楽」はイスラムの法とどのような関わりを持つのかという問いである。これは翻ってわれわれ日本人が、音楽に限らず、自分たちの文化的条件に対してどれほど自覚的であるのかという問いとして送り返されることになる。2016年に公開した「サブカルチャーとしてのイスラム国(先行版)」の再録。

 

ニヒリズムの微光の下で――二〇二一年のいくつかのサブカルチャーについて

志津史比古(@ashizu)

ジハーディ・ジョンのようなヨーロッパで育ったようなジハーディストが、逆説的な仕方で示唆しているのは、消費社会の中で「本来的な生」をごまかして生きる者たちが暗に抱えているニヒリズムである。ジハーディ・ジョンが処刑動画の中で画面の向こう側にいる日本人に向かってナイフを突きつけたとき、彼が日本人のことを何も理解していないとしても、また彼の言葉に真面目に耳を傾ける人がほとんどいなかったとしても、その刃先はわれわれが抑え込もうとしている「闇」に向けられていただろう。この「闇」に飲み込まれないためにはどうすればいいのかを、2021年のいくつかのサブカルチャーを通して考える。

 

 

『セカンドアフター vol.4』のテーマは「平成の終わり」です。今号はまた、刊行を予定していた小冊子『サブカルチャーとしてのイスラム国』の内容を引き継ぐものです。

 

文フリ当日は、よろしくお願いします。(志津史比古)

 

小冊子『サブカルチャーとしてのイスラム国』(先行版)の音楽対談概要

音楽対談
音楽になりえない歌――イスラム国のナシードについて
ピアノナイク × 志津A

こちらから閲覧&ダウンロードしてください。

対談の小見出し

音楽とプロパガンダ
アニメ作品における音楽の効果
アラブ音楽としてのナシード
特徴1――アカペラ
特徴2――重厚なコーラス
『スカボロー・フェア』との比較
西洋音楽との比較
アブー・アリのナシード
特徴3――アウフタクトの少なさ
特徴4――平板な歌い方
特徴5――音声加工
特徴6――効果音
ラップとの比較――デニス・カスパートの事例
結論

 現在セカンドアフターではイスラム国をテーマとした小冊子を制作中ですが、諸々の事情により、完成がかなり先になる(2018年以降)ので、先行版という形で、音楽対談のみ公開することにします。

 セカンドアフターのイスラム国特集号『サブカルチャーとしてのイスラム国』は、2015年初頭に起きた日本人拘束事件を受けて企画したものであり、サブカルチャーという観点からイスラム国を問題にする――特にそのプロパガンダ動画を分析する――ことを主目的としています。

 この音楽対談では、プロパガンダ動画に用いられているナシード(賛美歌という意味)と呼ばれる歌を分析対象としています。歌詞の側面からではなく、音楽の側面から分析をほどこし、他ジャンルの音楽と比較対照することで、ナシードの特徴を明確化しています。

 対談の冒頭でも示したことですが、なぜイスラム国に関心を寄せるのかと言えば、それは現在の日本の状況を相対化したいためです。難民の大量流入、大規模なテロ事件、いわゆるイスラモフォビア(イスラム恐怖症)。西洋において、社会的・政治的次元で、現在の中心的な課題とでも呼べるこうした諸々の問題に対して、どこか遠く離れているように見える日本の状況、その距離感を明示したいがためです。

 これまで同人誌『セカンドアフター』では、アニメ、マンガ、ゲームといったサブカルチャーを中心的に取り上げて、それが社会的・政治的次元(特に東日本大震災)とどのように関わるのか(あるいは関わらないのか)ということを問題にしてきました。それは、単に日本の消費社会的現状(いわゆるガラパゴス的現状)を否定的に捉えるというのではなく、自分たちの立っている場所、自分たちの生きている場所を明確に意識したいがためです。

 サブカルチャーが社会的・政治的な次元からどこか距離を取るものとしてあるとすれば、まさにその距離感のうちに日本のリアリティが存在するのであり、このことを強く実感するために、国際的な諸問題に積極的に目を向けるべきだと考えています。(志津A)


音楽対談で言及した主なナシードのリンク

イスラム国のナシード
Ummati Qad Laha Fajrun
https://www.youtube.com/watch?v=MFR7eki-5Ik

Salil Sawarim
https://www.youtube.com/watch?v=ZQoJvI8XUa0

Qareeban Qareeban
https://www.youtube.com/watch?v=MSNn2PXrXgM

アブー・アリのナシード
Qom
https://www.youtube.com/watch?v=LxubQBkLWyY

Hebbit Kerrih
https://www.youtube.com/watch?v=9xEzmdzPn4g

セカンドアフター公式ust 第8回 :ネット時代の政治とアニメ――『ガッチャマン クラウズ インサイト』を中心に(仮)

日時:2015年11月22日(日)21:00開始
参加者:てらまっと(@teramat)、noirse(@noirse)、志津A(@ashizu)
会場:セカンドアフター公式ust

今年2015年の7月から9月にかけて放送されたアニメ『ガッチャマン クラウズ インサイト』では、2013年に放送された第一期のときと同様、ネット時代における集団心理に焦点が当てられていました。日本人の集団心理を特徴づけるいわゆる「空気」を中心的な問題設定に据えつつも、同時に、首相公選制の施行や個別法案ごとの直接国民投票といった形で、ネットが可能にする具体的な政治手続きに対して問題提起をしていた作品でありました。こうした点から話を広げて、近年のもろもろの政治問題、ネットと政治の関係性、ここ最近のアニメ作品などについて話し合っていきたいと思っています。

当日はよろしくお願いします。(志津A)

セカンドアフター公式ust 第7回 : ポスト日常系について(仮)

日時:2014年12月6日(土)19:00〜
参加者:てらまっと(@teramat)、noirse(@noirse)、志津A(@ashizu)
会場:セカンドアフター公式ust

PDFペーパー『日常系アニメのソフト・コア』の公開に関連して、ustによるトーク配信を行ないたいと思います。『日常系アニメのソフト・コア』では、日常系そのものというよりも、むしろ日常系からそれ以後への変化を問題にしているところがあります。こうした変化を具体的にどのように輪郭づけることができるのか。こうした点について、近年のアニメ作品やここ最近の社会的な出来事などを取り上げることで議論していきたいと思っています。

当日はよろしくお願いします。(志津A)


【参考】

日常生活の暗号解読術 :『たまこまーけっと』と無意識のポリローグ
http://d.hatena.ne.jp/teramat/20140425

id:noirseさんによる『たまこラブストーリー』ファーストインプレッション
http://togetter.com/li/665606

PDFペーパー『日常系アニメのソフト・コア』目次

セカンドアフター臨時増刊号
日常系アニメのソフト・コア


こちらから閲覧&ダウンロードしてください


目次

イントロダクション
志津A

日常系アニメにおける視点間の差異――アニメ『けいおん!』について
志津A

「日常系」で得られる快楽の極みとしての『ゆゆ式
S治

過去に憑かれた日常――『中二病でも恋がしたい!』について
てらまっと

日常系から労働系へ――『けいおん!』以降の京都アニメーション作品から
noirse

アニメディウム――変遷する媒質の手触り
tacker10

あとがき
ポスト日常系アニメのハード・コア―― 室内空間の解体と『とある科学の超電磁砲S
てらまっと

意匠・DTP:小田原のどか
編集:志津A